心をつなぐ かけ橋として
 「山に願いを」 作詞・作曲 宮本尚  

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目を閉じてごらん 瞳のなかに
いくつもの哀しみ  こえてゆくふるさと

ちいさな手のひら こぼれた夢が
いつか芽ばえて  緑の丘にかえる

山よ動き 何を語る 大地の力で
ここに生きる 明日を願う 私はまけない

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歌詞は「山に願いを」をダウンロードすると全文をご覧いただけます 

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 有珠山ネット」 usu-yume image song - MIYAMOTO NAO - に寄せて
佐々木 周(北海道教育大学)・記 

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 かって,銀沼という美しい名前を持った美しい沼があった。1977年の有珠山噴火はその沼を消し去った。銀沼火口と地図に記されているのが,この沼のあった場所だ。

 有珠山のふもとの子どもたちは,学校の遠足にこの沼までの道を登った。その思い出が,1977年噴火のあとに作られた作文集におさめられている。帰る途中に飲んだわき水。

 みんなは,「いいなあ」と言った。それもそのはずだ。わき水
はとてもしゃっこかった。

 しかし噴火は,その銀沼を消し去った。消し去られたのは,ハスの花が咲き,カエルが泳ぎ回っていた<場所>だけではない。

 あの遠足の時の喜びさえも噴火でこわされてしまったような気
がする。「ああ,なんで噴火なんてあったんだ」と今でも噴火が
うらめしい。

 家を離れ,学校を離れ,数百人の子は西胆振をさえ離れている。

 だが,ぼくは思う。
 また何年かたてば,きっと銀沼はもどってくると。
 ぼくはそう信じている。

 そうだ。しばらくの間離ればなれになった家族はまた一緒に暮らせるようになる。仲良しの友だちと,また楽しく遊べるようになる。

 彼らの作文集の題を見てみよう。「噴煙」(虻田小)があがり「石の雨」(洞爺湖温泉中)が降った自然の脅威であった。だが,その同じ自然はまた,「新芽」(洞爺湖温泉小)をもたらし,枯れたと思われた木に「ひこばえ」(月浦小)を与えた。そうだ。私たちは「やまのこ」(花和小・中)なのだ。

 予防することも回避することも難しい噴火災害にあって,その災害がもたらす<つらさを軽減する>こと。そのために必要なのは自然をもう一度正面から見つめ,この西胆振という<場所>で願いを歌うことではないか。

 この5月,うすこいプロジェクトに寄せられた子どもたちの絵に「造形的コミュニケーションの可能性」を見た人がいた。私たちの仲間には,詞をつくり唄をうたうことを,その生の中心におく人がいる。彼女の作品の「音楽的コミュニケーションの可能性」を応援することも,この「うすゆめプロジェクト」の重要な柱だ。この歌には,おそらく,この有珠山と向き合って生きる「やまのこ」の思いとふれあうものがある,と。


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