西東京市在住 北川由紀
ちょっと前まで、自然が一杯の緑豊かな三宅島で生まれ育った娘が、島に 養護学校の高等部がなかったので、私の実家がある田無市(現在西東京市) の田無養護学校に三年間通学し、その時、二回ほど”さくらの園”で実習 させていただきました。 今回も避難という状況の中で快く受け入れて頂き感謝の気持ちで一杯です。 今は灰色の島になってしまいましたが、「がくあじさいの会」という、平成 二年に親や唯一の障害者の組織があります。平成六年から障害者地域デイ サービス事業として運営され、現在は三宅島社協が引き継ぎ「がくあじさい の会」の会員も全面協力しています。旅行やレクリエーション、アルミ缶 事業、貝のキーホルダー作りと大変充実した日々を送っていたのです。 今回の噴火で、十二人の利用者や会員の方々の住居がはなればなれになり、 集まることが不可能になり、顔が見えないのが大変不安です。若い四人の 利用者は臨時の扱いで福祉施設や作業所、授産施設に入所できたのですが、 高齢の方はどうしても、家の中に閉じこもりがちで、長引けば、心のケアも 心配です。時々は電話で元気を確認していますが、思うようにならないのが 現状です。 私たちが十年前福祉の種をまき、やっと芽が出て、枝が育ち、花が咲き、こ れから実をつける時になって今回の事態になり残念です。 デイサービスの年間二百日がクリアしないと、十三年度の補助金がつかない、 なんて事は絶対ないと思いますが、今後、三宅島の障害者福祉が遅れる事の ない様に関係各機関の方々にご配慮の程、よろしくお願いする次第です。 同時に、島が私たちを受け入れてくれるのを待ちながら、絶対帰るぞ!とい う気持ちで皆と手をつなぎ、がんばるのが、全国から寄せられた励ましや、 義援金、援助物資などに対するお礼だと思っています。