三宅島商工業者の復興にかかるシンポジウム

 東京都内だけでなく各県に及ぶ三宅島からの島外避難住民のうち、被災商工業者が一同に会し、日頃の悩みや将来への展望など共通の課題に対して、一致協力してその実現と復興に取り組むための意見交換や情報交換を行うことを目的として、2月24日午後、国立オリンピック記念青少年総合センター 国際会議室・レセプションホールにて開催されました。

主催 三宅島商工会
東京都商工連合会


パネルディスカッション


パネラーの報告


浅沼基さん(商工会副会長)

三宅島で商店を経営している。
母が経営していた店を継ぎ、スーパーにしたのが30年前。
おととし、近代的な店に改造した。
勝手な思い込みかもしれないが、後継者のためという思いがあった。
借財をしての新たな経営であった。
年々売上は上昇していたのだが、今回の三宅島の噴火があった。
相当量の降灰があった。これまでも三宅の生活に噴火はつきものだった。
しかし、今回は仕入れても避難勧告が出たので、賞味期限が切れたり、苦しかった。
9月1日に全島避難指示が出された後、ライフラインを守る方々に電話をして、
生鮮食品を分けた。残ったものは、避難の最後の朝に焼却場に持ち込んで処分してきた。

ストック用の冷凍庫は捨てれずに、電気をつけたまま、避難して賭けに出た。

その後、泥流などで電気が切れてしまった。
今年で55歳になるが、それが一世一代の賭けになったと思っている。

冷凍庫の中は腐っているが、家の中がどうなっているか。設備が使用できるかどうかも心配である。
再建に向けて、設備が使えるかどうかが懸案である。
現在も持ち出せるものがあるか、救われるものがあるかもしれない。
ぜひぜひ帰島したいと考えている。

1月24日、商工会の事務書類を持ち出しに帰島した。
神着の本署まで警察に同行してもらって走った。
東京で考えているよりひどかった。

泥流の被害が、予想をはるかに越えていた。ますます拡大していくように思えた。
このような現実を見た場合、本当に帰島が可能かどうか。とても厳しいと思う。

商工業者の意見を集約し、一時帰島を実現するのも仕事である。

こちらで商売を再開するのは不可能である。貯金の取り崩しで暮らしている。
求職にあたったが、年齢や、おさまったら島に帰るんだろ、という先方の思いもあって決まらない。

支援策として、就職のことは引き続きお願いしたい。事業を含め支援策をお願いしたい。

いざ、島に帰ってみたら、だれもいなかった、だれも帰らない、ということになる。
自分は厳しいと思う。

商工業者にとって、人口が減るのが一番怖い。
農業、漁業も大切である。しかし商工業者がなければ島の経済は成り立たない。
商業は経済である、しかし、
経営戦略といわれればそれまでだが、キュウリを一本欲しいと言われれば十本仕入れて一本でも売る。
だから、商業は経済だけじゃない。
商業は、少しでも住みやすい島、暮らしやすい島にするためのものだ。私はそういう誇りを持っています。

行政が真剣に商工業者の再建を考えなければ、商工業者の再建はありえない。
自分自身、島に帰って商売をしようと言えなくなるところまで来ている。
どうか、行政は支援策を具体的に検討していただきたい。

一日も早く、島に帰って、刺身を切ったり、ビールを配達して話をしたい。
皆さん!!
今日から帰るための準備をはじめましょう。
行動をはじめましょう。


谷さん

商工会青年部長
寿水産(くさや生産)、村議

当初、一ヶ月もすれば帰れるとたかをくくっていた。
島民のだれもがそのように考えていたのである。
職業柄こちらでの事業展開は不可能で、他島での商売再会も立場上無理。
今は、議員報酬のみの収入で、その中で今ある負債の返済を抱えて避難生活を送っている。

青年部長として各方面で聞くが、設備投資をしたばかりの人が多くいる。
そういった人たちが再度、島に帰って同じ商売をすることができるか不安である。
行政では多様な問題を抱えているなか対応が遅れているのはしかたないかもしれない。
商工会が中心となってこの問題に今後取り組んでいきたい。
先日、商工会で実施されたアンケートの中でも、情報発信が必要と多くなされていた。
北海道から沖縄まで、避難が広がっている。
商工会が中心となってやっていかなければならない。

青年部の全国大会にも参加して、多くの同志から励ましの声をいただいた。
三宅島という自治体を守るためにぜひ、協力をお願いしたい。


菊地みよさん

女性部長

民宿、タクシー、ダイビングショップ、イルカウオッチングなど。
息子夫婦も入り、昨年事業を拡大して、漁船を買ったばかりであった。
現在、息子は慣れぬカジキ漁にでようとしている。

民宿のキャンセルも相次いだが、島で最後の最後まで頑張った。
家族で相談し借り入れをすることにした。
これは、利益を生む借金ではない。
私達の商売は島でしかない。避難中は、空白期間として支払いを猶予して欲しい。

交通の便が良いところに、仮想の三宅村を作ってもらいたい。
商店が仮店舗を作れるし、きずなが結べる。大都会の中の孤独なお年よりもいる。
家族いっしょに来て一日過ごせる仮想三宅村が必要である。

みなさん、何かをはじめましょう。このままでは精神的にまいってしまう。
国、村、私達を守ってください。島に帰ったら夢を持って仕事が出来るような計画を立てて欲しい。


佐久間啓徳さん

佐久間工務店
建設業協会会長

同業者との話では、内地での下請けなどで職についているようである。
従業員を他の事業に勤めさせてる業者もある。

ライフラインでホテルシップで仕事をしていたが、現在は4社14名で神津に常駐させている。
うちでは3人常駐させている。
ブロックの製作や御蔵島の仕事がある。
神津からの仕事はつらい。三宅で3-4時間しか仕事できない。
帰島時期が決まれば、経営判断できる。
ライフラインの復旧が先決である。

作業方針と見通しを聞きたい。いずれ先乗りで出かけることになる。
三宅の災害は世界に類をみない災害である。

災害に強い三宅島にしなければならない。


青山さん

商工会理事

借入金の支出止め、年金の支出止めで年末までいた。
年末に岡山に出た。

金利の支払いが続いている。自分が15万女房が4万稼いでいるが、
金利だけで14万以上払っている。資金を使い果たしたときに
一年以上たてば、元金の支払いが発生する。

今後一年以上の噴煙が出つづける可能性を予知連は言っている。
島の中で通常の商売で返せる借金が、避難先ではできない。

国、東京都、村は、われわれを視野に入れた政策を出していない。

このままでは、自己破産しかない。

復興の日までの元利ともの支払い停止を求めます。
無利子の借り換え資金を求めます。
このままでは、帰島の夢を捨てなさい言われているようなものだ。

復興計画の中に自営業者の救済を入れるべきである。


アドバイザーからの意見と質疑


村長

一時帰島、このようなガスの量では、島民が帰って生活することはできない。
桜島程度(1/10)に減れば、島民が帰って生活できるはずである。

予知連の井田会長は、一年以上になると言った。
あくまでも、自助努力でしっかりと頑張ってもらいたい。


村上さん

3月から常駐するそうだが?


支庁長 宮澤正さん

1100万トンの灰がまだ山にある。

家屋被害が36だが、それが増えている。
昔の噴火のスコリアが流れ出して被害が増えている。

3月から5月は増員していく。水道や道路やダムを作らなければならない。
夜間常駐して作業時間を延ばさないと仕事がすすまない。

脱硫エアコンつきの施設を5つ程度考えている。
阿古に本部を作る予定である。


浅沼基さん

村長、一時帰島とは、「生活」するということではない。
賞味期限が切れたものを差し上げるとか、状況を見に行くための一時帰島である。
あくまでも一時帰島を求めたい。


村長

商工業者だけ帰島させるわけにはいかない。
3800人の島民全員が帰島したいと思っているからだ。
しかし、私も考えていないわけではない。

いずれ、時期、天候、ガスの様子を見て、時期が来れば、
分割して一時帰島も考えざるを得ないと考えています。


山田和快さん(商工会長)

借入金について。
手を打っているが、今の法律では難しい。
法の網がかかってないので、法律の改正しかない。
国に向って提起しないと、解決できない。
まだ村長には言っていないが、私はこれに取り組んでいきたい。

商工会のアンケートによれば、厳しい状況に入っているのは事実である。
村独自のアンケートをやるそうだが、もっと苦しいと出るのではないか。

長期化が見込まれる。2月6日に議員団で気象庁の克明な説明を受けたが、
火山学は経験学である。
井田さんは一年といったが、私はわからんと思う。気を引き締めるべきだ。
情報が不足している。「村たより」のような紙では納得できない。

村長は、車座で話をするべきである。よほど気を引き締めないと三宅村の再生はない。


村上さん

法的なことはどう進める?


山田さん

島で借りた金がそのまま肩にのしかかっている。
金利も払えないのに、借りれない。

法律を作るよりしょうがない。


深江町 石川さん

深江町の利子補給

5年間の元金据え置き、そのあとは払えでは無理だ。
だから利子の20%を町に補給させた。


洞爺湖 高柳さん

有珠は体育館学校公民館に避難した。
何十箇所の避難所でコミュニケーションが保てた。
喧嘩もあった。情報がないからといって、親戚から避難所に戻ってきた。

商売をはじめたが、ぜんぜん売上がない。売上は2割。店を開けなければ帰ってこない、がんばろうと話している
。 店によって話して、「帰ってくださいと話している」


会場から


北川さん

阿古の電気屋

帰ってもどんな作業があるかわからない。
灰の利用を考えている人がいてうれしく思った。
化粧品に使ってはどうかと思う。成分を調べてくれと化粧品会社に頼んだら断られた。
灰の成分を調べて欲しい。


島民西野さん

住民と行政がともに話ができる場をすぐに作るというべきだと提案していたが、まだできていない。


村長

いずれ、将来の復興計画のために、島の若い人の意見を聞いて復興委員会を作ろうということになっている。
20代から40代の意見を聞こうと考えている。


島民西野

まだできていないのは、納得できないし、残念である。
意見を聞くのは、若い人だけからではだめだ。年寄りの話も大切である。
(拍手)


瑞穂町商工会理事

うちは建設業である。

まだまだ避難生活を続けるがそれをバネにしてもらいたい。
この一年で資金作りができる可能性がある。
支援したい。


桂都商工会長

勉強になった。日本の法律云々という話もあるが、
ゼネコン数千億の時代ですよ。三宅の借金は100億です。
三宅に出せばいいじゃないですか。(拍手)
私は商工会の政策責任者である。
民間資金と公的資金で綱引きをしてみたい。

仮想三宅村。23の東京の各商工会のなかに、三宅村を作れば良い。

島、というのは感覚が違う。
日本は火山列島である。どこでなにが起きたって不思議ではない。
起きた時代がどういう時代かで災害が違うだけ。

日本人はもう買うものはない。こういう時代は、自分の命を考えている。
団結、家族のきづなしか、ないのです。
商工会の諸君は、地元に帰って、三宅の話をして欲しい。

三宅の人は不便な都営住宅に入っているのは想像できます。
便利なところは、もう埋まっているんです。
そんな山の中から通勤なんかできませんよ。

年寄りの仕事を八丈で探して欲しい。東京じゃむり。
2ヶ月と思って出てきたんですよ、それがもう一年と言われるようになった。
すぐに帰れると思ったから、着の身着のままで出てきているです。


島民鈴木さん

個人的に借金している人が各事業主の下で働いている。
民宿がなくなれば観光の人は来なくなる。

村にいる人がひとつでも欠けると、島がなくなると思う。
今が一番苦しいときである。
このまま長くなると希望がなくなる。

利益が上げられず、失業保険で暮らしている。
従業員は仕事をはじめてしまったので、帰ってきてくれ、
とは言えなくなっている。


島民小林さん

坪田で民宿をしていた。
自分も同じだなと思った。
島原の資金、長崎県で300億、復興基金があったそうだが。
村として、復興基金を考えているかどうか聞きたい。


村長

あの基金は、バブルの時代で、銀行に預金すれば利子が入った時代のものだ。
現在は、利子がないので、基金を創設しても運営できない。
一回つかったらなくなる時代だ。基金は考えていない。


支庁 宮澤さん

全国レベルで一定の金額をプールする考え方はある。
運用利益で食っていくのではなく、積み立てをするのは災害時に有効である。
都には、そういう考え方はある。


関口(調布市商工会)

三宅村は東京都である。法的な措置をしないかぎり、問題である。
東京都全体の問題であり、法的な措置をとる決意が必要である。
これは、国で解決しなければならない問題である。
議員を動かすしかない。
政治不安の時代ではあるが、あちこちに公的資金を出す時代だから、三宅にも出すべきである。
議員であり青年部部長である谷さんに頑張ってもらいたい。


東村山商工会

ばらばらよりは、集団で居住すべきだと思う。
村山には高層住宅が中断して仮設の敷地に使えるところもある。
仮設の敷地だってある。東村山に土地や資金援助を求めても良いと思う。

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