三宅島商工業者の復興にかかるシンポジウム

 東京都内だけでなく各県に及ぶ三宅島からの島外避難住民のうち、被災商工業者が一同に会し、日頃の悩みや将来への展望など共通の課題に対して、一致協力してその実現と復興に取り組むための意見交換や情報交換を行うことを目的として、2月24日午後、国立オリンピック記念青少年総合センター 国際会議室・レセプションホールにて開催されました。

主催 三宅島商工会
東京都商工連合会


記念講演


長崎県深江町商工会長 石川嘉則さん


三宅は島であり、われわれは地続きである。災害の形は違うが、同じところもあるのではないか。

必要なのは、やはり家族愛である。
島原市の堀川さんの話。
嫁いだ娘に会うために島原に来て助かった人。
消防団全員が自分の家に帰って家族を逃がした。
全員が家族を救いに行った。

三宅の人が家族を思う気持ち、ふるさとを思う気持ちは島原も三宅も変わらない。
人口は減ったが、根っからの島原生まれの島原育ちは残った。 三宅も同じだと思う。

平成4年に三宅島に行った。運動会も祭りも中止のなかでどうすれば良いのか体育指導員として聞きに行った。
バスの運転手の親切に感激した。
みんな、「お金よりも子供が大切なのです」 といっていた。
三宅島は、溶岩の上に電気があった。そこで、島原にも電灯をつけた。

避難中に団結すべきです。

自転車屋さん、電気屋さん、売ったところをまわりなさい。
サービスでまわって、部品代だけでももらいなさい。
深江はそうしました。避難しているときにやらなければいかないことがある。
目的を持つこと。希望ではなく、目標を持つこと。

農業、漁業、みんな国・県でやってくれる。商工業者に補助金はない。
士農工商は、今でも続いているのか、と町長に談判した。
昨年から、借入金の利子を補填してもらっている。

36自治会の中で、今のうちに自主防災組織を作ろうと思っている。一軒あたり1000円。

男は家族を守るために命をかける。ふるさとを守るためには団結して命をかける必要がある。
一番大切なのは、団結である。

三宅島からもらった溶岩がある。
そこにオオタニワタリを植えた。大きく育ってる。 とても大きくなった。
これを見るたびに、「三宅、頑張れ」と涙が出る。

立ち入り禁止地区の、小野木場小学校の火災時のこと。
消防団長と町長だけは、唯一この禁止地区に誰の許可なく入れる。
ところが、一人の消防団員が入っていた。
「俺は、消防団に入っても何で自分の家を消火できないのか」と。二人で泣いた。
しかし、消防団員を誰も死なせなかった。

災害の5年間はつらかった。三宅はまだ続くかもしれません。
みんなで団結してください。


洞爺湖温泉ニュースタンプ会会長 高柳保さん


有珠は、今回32日間噴火した。

豊浦小学校に自主避難した頃。3月31日噴火。
商工会も役場も避難した。
豊浦に物がなくなった。
避難所で洗濯が始まって、豊浦の水がなくなった。

写真の説明

金毘羅火口は温泉街に非常に近い。
23年前に泥流で埋まった、「木の実団地」の上に吹いた。
前回は湖水に近いので、温泉水が泥流になって流された。
昔流された子はいまだ行くえ不明だ。噴火よりも泥流が怖い。一気に来る。

今回も、プレハブが730軒ほどできた。

われわれは、仮設住宅の月浦に商店を作って良かったと思っている。
町が売店の建物を建てたが、設備に冷蔵庫などで、ほかに500万-600万円かかる。
ところが、行政からは設備までは面倒見れない、と言われた。

そこで出資金を集めていたら、商工会の仲間から、中古で冷蔵庫その他が集まった。
それで開店にこぎつけることができた。

店は、避難者の交流の場になった。

今回も、半分の住民は戻らない。
約200世帯は立ち入り禁止地区なので、家がないので戻れない。
屋根は噴石で穴だらけで、協会病院まで石が飛んでいる。
前回の復旧時に砂防ダムに使った石が飛んだのだと思う。

頑張って欲しい。
元気であればなんとかなる。


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