JAZZ BARにて

横濱@札幌

「あら、久しぶりじゃないの。忙しかった?」
「ああ、これからまた仕事。決算だもんなぁ。」
「そうだったよね。」

土曜の夜。 いつものボトルが奥の方から出てくる。
《ひと月来てないんだもんな》

ガシッガシッとアイスピックで打たれた氷が、素焼きの大きな器に小気味よい音を立てて転がる。
ロックグラスに並々と押し込められた氷の上から、透き通った黄色い酒がグラスの半分より少し上まで注がれる。
何も言わずとも自分の流儀が次々と進んでゆく様が嬉しい。
カウンターの奥に座る先輩の常連に軽く会釈をして、一杯目を一口に飲み干す。

「悪いんだが、寝起きなんだ。何か作れる?」
「食べてないの?今日は随分とゆっくりだったんだ。」
「そ。ちょいと来る場所間違えたかな?」
「大間違え(笑)。ツナトーストでもよければ、焼くよ。」
「ありがと。」

実際生活のリズムは目茶苦茶だった。有珠山ネットを知る以前からだけれども。

「あれから、有珠には行ってるの?」
「行ってるよ。それでも月に一、二回程度しか行けないけどね。」
「それにしても偉いよねぇ。どんなボランティアしてるの?」
「何もしてないんだよ、実は。だから、ボランティアとも違う。」
「???」

「一応避難所のパソコンの調子を見に行ったりしている、つもりなんだけど、調子が悪いと言われても直せるシロモノではないし、せいぜいどの辺が調子悪いのかを直せる人に伝えることくらいかなぁ。」
「ふーん、私はアナログな人だからよくわからないけど、役に立つから行ってるんでしょ?」
「それも疑問だね。へへ。たださぁ、避難所のパソコンの前に、毎回同じバッジの付いたフィッシングベストを着て突っ立ってるとさ、誰かしら声をかけてくれるようになった。それと、色んなものが目に入るようになった気がする。それを書き留めるようになった。全然足りないけど、代弁者のつもりで。」

《「声無き声を聞け!」今でも、いや、今だから冨田隊長の言葉が耳から離れないんだ》

「でもさぁ、なんで有珠に関わるの?」
「うーん、説明しづらいから、大幅にハショっちゃうけど、僕の感覚では目の前の出来事だよ。できるかどうかは別としても、出来そうなことをやりたくなったら、動くでしょ。動ける範囲だった。ちょっとクルマ走らせれば、見えちまうんだもの。この目で。いや、ネットの世界じゃそんな距離感もカビ臭いけどね。」

「そういうもんかなぁ。」
「僕はいいのさ。それで。札幌の出来事なら、そんなあなたでも何かせざるを得ないでしょ?」
「そっかぁ・・」

新しいボトルを頼んだ。
《何杯目だろう?》

「あのね、この来週のJAZZフェスなんだけどさぁ、一緒に行かない?」
「あ、ごめん。その日、虻田で豚焼いてくる。丸焼き。きっとガキんちょ達は目を丸くして驚くだろうなぁ。なんだかんだ言っても、それが愉しみで行ってるってのも、あるな。あとは、有珠が噴かなきゃ逢うこともなかったおっさんやお嬢様達とかにも会えるな。久しぶりだよ。」
「わたしよりも、有珠なのね!」
「あー、そろそろオアイソ。さぁ仕事、仕事せねば。」
「言っとくけど、うちのトーストは高いんだからね!」
「どうりで美味かったわけだ。」
「もう!」

僕はこの程度。渾身の避難所レポートなどと書かれておこがましく思い、そして恥ずかしかった。
書いたのは僕じゃない。被災者達だ。僕は彼らの声を代筆したに過ぎない。

避難所は全て閉鎖され、被災者一人ひとりの生活が始まった。
もう代筆する術はない。被災者一人ひとりが多くの声を上げ、山とともに歩むこれからに、幸多かれと心から祈っている。

横濱勝博